「映画 沈黙」 に学ぶコミュニケーションの心構え
ドクター総合支援センターの近藤隆二です。
先日、「映画 沈黙」を観ました。
遠藤周作さんが50年前に書かれた小説が原作です。
実話をもとに書かれた小説で、江戸時代初期に長崎であったキリシタン弾圧の物語です。
米国人のマーチン・スコセッシ監督がこの小説を読んでから28年間経って作った映画です。
素晴らしい内容で様々なことを考えさせられました。
その中で印象的だったのは、ポルトガル人司教と奉行とのやりとりでした。
奉行は捕えた司教をいきなり害するのではなく、じっくりとコミュニケーションをとりながら懇切丁寧に棄教することを勧めます。(拷問もありましたが・・・)
そして、棄教したのちには日本での生活を保証したのです。
この時のやりとりが大変興味深いものでした。
日本には既に仏教という宗教が根付いていること、キリスト教は日本にはなかなか根付かないこと、形だけでも踏み絵を踏めば許すということ等々・・・
今までイメージしていた弾圧とは違い、相手の立場も考えながら粘り強く説得を続ける日本人たちには人間としての成熟を感じました。
弾圧そのものは良いことだと思いませんが、このように真剣にコミュニケーションを取ろうとしていることは素晴らしいことだと感じました。
コミュニケーションをとらず、頭ごなしに話をすることは簡単ですが、それで本当に相手と分かり合えることはありません。
立場は違っても、精神的には平等な感覚で話をすることの大切さを教えていただいたような気がします。
小説は30年ほど前に読みましたが、読み返してみようと思います。